鹿児島地方裁判所 昭和23年(行)83号 判決
原告 福永喜右衞門
被告 鹿兒島県農地委員会
一、主 文
被告が昭和二十三年七月五日二十三縣農委第四〇七号を以て原告の被告に対する訴願を却下したその裁決は之を取消す被告がさきに鹿兒島縣入來村農地委員会において昭和二十三年五月樹立した別紙目録記載の田地を堀之内盛山に賣渡す旨の賣渡計画を承認したその承認は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担。
二、請求の趣旨
主文同旨
三、事 実
原告代理人は、その請求の原因として、原告は大正十年田中直右衞門から別紙目録記載の田地を賃借し、爾來今日まで引続き之を小作して居るものである。尤も原告は從來農業の傍ら荷馬車業を営んで居たのであるが、昭和十八年頃から今次の太平洋戰爭が日に苛烈の度を加えるに及び、原告は車馬と共に始終軍に徴用せられ、軍の爲め運搬に從事しなければならず、原告に代つて農耕に從事すべき養子は應召して不在、妻は病気の爲め農業に堪えず、手不足の状態に陷入つた結果、地主直右衞門の承諾を得た上、昭和十九年度一ケ年を限り右田地を義理の親子関係に在る堀之内盛山に轉貸するの己むなきに至つたが、昭和二十年盛山から原告に対し右轉貸借を更らに一ケ年間許容されたい旨の切ない申出があり、原告に於いても前記の様な手不足の事由が依然として継続して居た爲め、遂ひに盛山の申出を承諾した。然し、其の年終戰を迎え、徴用も跡を断ち、妻の健康も回復し、原告は從前の様に農業に精励することが出來る様になつたため、盛山に対し右田地の返還方を申入れたところ、同人も之を快諾したので、早速昭和二十一年度から再び之を原告に於いて耕作する様になつたものである。
然るに鹿兒島縣入來村農地委員会は、昭和二十三年五月右田地を買收計画(第四次)に編入し、次いで右計画は被告の承認するところとなり、其の後入來村農地委員会は之を盛山に賣渡すべき旨の計画を樹立した。
原告は之に対し早速同委員会に異議申立をしたが、棄却されたので、更らに被告に訴願したけれども、被告は同年七月五日二十三縣農委第四〇七号を以つて「右農地は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基づいて定められたものである。原告は其の時期に於いて之を耕作して居ないし、同日に於いて自作農創設特別措置法第五條第六号に定める事由により一時轉貸したものと認められず、同法施行令第十七條第一項第一号括弧内及び同第五号の何れにも該当しない。從つて訴願の権利はない」として原告の訴願を却下し、同月一日には早くも入來村農地委員会の前記賣渡計画を承認して居たものである。成る程、原告は前記の通り、右田地を盛山に轉貸したことがあつて、昭和二十年十一月二十三日現在に於いて同田地を耕作して居なかつたことは事実である。然し、右は曩に記載した様な己むを得ない事由に基くものであり、其の期間も僅か二ケ年であつて、苟くも買收農地の賣渡計画を樹てるに当つては、右の様に小作農が己むを得ない事由に因り、小作地を一時轉貸した場合に付いても、宜しく自作農創設特別措置法第五條第六号の規定を類推適用して事を決すべきであり、右田地の如きは当然原告に之を賣渡すべき旨の計画を樹立すべきであつたに拘らず、入來村農地委員会は事茲に出でずして漫然之を昭和二十年十一月二十三日現在の耕作人である盛山に賣渡すこととし、被告も亦此の計画を承認し、前記のような裁決に出でたのであつて、右は違法な処分であるから、之が救済を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、
原告の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、
答弁として、
原告の主張事実中、鹿兒島縣入來村農地委員会が原告主張の頃其の主張する農地を田中直右衞門の小作地として買收計画に編入したこと、被告が之を承認したこと、入來村農地委員会が右農地に付き原告主張の様な賣渡計画を樹てたこと、被告が原告主張の様な訴願裁決をしたこと及び被告が原告主張の様に右賣渡計画を承認したことは認めるが、其の余の事実は総べて之を爭う。右農地は、堀之内盛山が昭和十八年から田中直右衞門より賃借小作して居たものであるが、直右衞門は昭和二十一年初頃盛山に対し同農地は爾後之を義妹徳満スミエに耕作せしむと申渡し置き、同年二月突如として不法にも之を原告に賣渡し、原告は昭和二十一年稻作から之を盛山より取上げ自作するに至つたのであるが、其の後盛山は自作農創設特別措置法第六條ノ二に依り之が買收の請求をしたので、入來村農地委員会は同法施行令附則第二項に從い、昭和二十年十一月二十三日現在に於いて直右衞門が自小作地合計三町八反二畝二歩を所有して居た事実に基づき、右農地は同法第三條第一項第三号に該当するものと認め、之を買收計画に編入したが、直右衞門からは異議申立も訴願もなかつたので被告も昭和二十三年五月四日之が計算を適法且つ正当なりとして承認したが、其の盛山は同法第十七條に依り右農地の買受申込をしたので、入來村農地委員会は同法施行令第十七條第一項第一号括孤内の規定に從い、同法第十六條第一項に則り、之が賣渡計画を定め、之に対する訴願に付き、被告は右計画を適法且つ正当なりと認めて前記のような裁決を爲し、次いで同年七月一日同計画を承認したのであつて、其の間何等違法な点はないから、原告の本訴請求は失当であると陳述した。(立証省略)
四、理 由
原告主張の頃鹿兒島縣入來村農地委員会が原告主張の田地を買收計画に編入し、被告が之を承認したこと、原告主張の頃同農地委員会が右田地を堀之内盛山に賣渡すべき旨の計画を立てたこと、之に対する原告の訴願に付き被告が原告主張の頃其の主張する様な裁決をしたこと及び原告主張の頃被告が右賣渡計画を承認したことは孰れも当事者間に爭いのない事実である。問題は唯だ右賣渡計画が適法か否かに繋つて居る。そこで、此の点に付いて審究すると、証人中村盛義、同藤井邦男、同田中直右衞門、同大園薫及び同今井文雄(第二回)の各証言に、公正部分の成立に付いては当事者間に爭いがなく、右田中直右衞門の証言及び証人鹿子田早苗の証言(第一回)に依り其の余の部分が眞正に成立したことが窺はれる甲第六号証と成立に爭いのない甲第一号証の各記載を綜合すれば、原告は從來農業の傍ら荷馬車業を営んで居たのであるが、大正十年頃田中直右衞門から同人所有の別紙目録記載の田地を賃借し、爾來二十数年間引続き之を小作して居たこと、昭和十八年頃から今次の太平洋戰爭が日に増し苛烈の度を加へるに及び、原告は車馬と共に軍に徴用せられ、軍の運搬に從事しなければならず、自ら農耕に専念する暇がなく、原告に代り耕作に從事すべき養子は應召して不在、妻も疾病の爲め農業に堪へず、手不足の状態に陷入つた結果昭和十九年度の一ケ年を限り右田地を義理の親子関係に在つた堀之内盛山に轉貸するの己むなきに至つたこと、昭和二十年に至り盛山は原告に対し右轉貸借を更らに一ケ年延長され度い旨申出でて己まず、原告に於いても前記の事情が依然として継続して居た爲め、遂ひに盛山の申出を承諾したこと、右轉貸借は地主直右衞門に於いても之を容認して居たこと、而して終戰後荷馬車の徴用もなくなり、妻の健康も回復したので、原告から盛山に対し右田地の返還を申出でたところ、同人も之を快諾し、其の引渡を爲したこと、更らに右田地に付いては昭和十八年末頃から原告と直右衞門との間に賣買の話が進められ、翌年二月六日には其の賣買が成立し、昭和二十一年十月二十一日之が直右衞門から原告妻福永イトの所有権移轉登記を経由して居たこと又、原告は昭和二十二年十二月二十三日荷馬車業を廃止し、農耕を專業とするに至つたことが認められる。証人谷口明水及び堀之内ノキは之に牴触する様な証言をして居るが右証言部分は前に掲げた諸証拠と対照して考へると、到底其の儘信用することが出來ないことが明らかであつて、他に右認定を覆へすに足る証拠は何もない。成る程昭和二十年十一月二十三日現在に於ける右田地の耕作人が盛山であつたことは原告の自認するところであり、同農地が盛山の遡及買收請求に依つて買收されたことは成立に爭いのない乙第一号証の記載及び前に掲げた証人谷口明水及び同堀之内ノキの各証の一部に依つて明らかであり、同田地が原告方よりも盛山方に近い個所に在ることは前に記載した証人藤井邦男の証言に依つて明らかであるが、右田地の買收確定後原告及び盛山の双方から之が買受の申込をしたことは成立に爭ひのない乙第一、二号証の各記載、証人鹿子田早苗の証言(第二回)及び前に掲げた証人大園薫の証言に依り眞正に成立したことが窺はれる甲第八号証の記載並びに右各証言及び前記証人今村文雄の証言(第二回)に依つて之を認めることが出來る。而して、買收農地に付き買付申込人が二名以上あるときは農地委員会としては宜敷く愼重に調査審議し、諸般の事情を勘案して其の何れに賣渡すべきかを判定すべきであることは自作農創設特別措置法の精神に鑑み疑ひを容れないところであり、前に記載した証人鹿子田早苗(第二回)、同今村文雄(第二回)及び同大園薫の各証言並びに同谷口明水の証言の一部を綜合すれば入來村農地委員会に於いても從來能く此の方針に則つて事を決して居たことが認められるのであるが、右田地に付いては其の賣渡を急ぐの余り、盛山が昭和二十年十一月二十三日現在の其の耕作人であつたと言う一事に重きを置き、簡單に同人を其の買受人に決定したことが右に掲げた証人鹿子田早苗(第二回)及び同大園薫の各証言に依つて窺はれる。然し、前に認定した様な諸般の事情に徴するときは、同田地は正に原告に之を賣渡すのを相当とすること、自作農創設特別措置法第五條第六條第十六條同法施行令第十七條第五号の趣旨に鑑み明らかである。從つて、之と異る趣旨に出でた被告の裁決及び承認は孰れも事実の誤認若しくは右法律の精神を誤解した違法なものだから、之を取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一條民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の様に判決する。
(裁判官 美坂金治 池田惟一 中池利男)
(目録省略)